公開日 2025年10月10日
「先代のようにはできない」
「社員の前では弱音を吐けない」
「自分は本当にこの会社を導けるのだろうか」
3代目経営者の多くが、表には出さない孤独を抱えています。
経営という重圧を一人で背負い、常に比較され、
しかも「期待されるほど自信がない」という葛藤の中にいるのです。
そんな3代目経営者にとって、実は社史が“心の支え”になることがあります。
それは、社史が「数字でも計画でもない、会社の“記憶”」を残してくれるからです。
「祖父の経営者像を知らない」孤独
3代目という立場は、創業者ほどのカリスマも、先代ほどの現場感覚も持ちづらい。
しかも、創業者がすでに他界していることも多く、
「祖父を経営者としては知らない」というケースも少なくありません。
「祖父がどんな経営判断をしたのか、誰に相談していたのか分からない」
「父は実務家だったけど、経営哲学を語るタイプではなかった」
こうした「経営の系譜の空白」が、3代目にとっての大きな不安になります。
数字や計画書をどれだけ見ても、会社の“魂”を感じられないからです。
社史は、過去と“対話”できるツール
社史を編む過程では、創業者や先代の言葉、過去の判断、当時の時代背景が掘り起こされます。
それは単なる歴史ではなく、「なぜその決断をできたのか」という“思考の軌跡”です。
3代目がそれを読むとき、
「祖父ならこう考えただろう」「父はこのとき何を守ろうとしたのか」と、
亡き経営者たちと“対話”するような時間が生まれます。
経営とは、孤独な意思決定の連続です。
けれども、社史という記録があれば、過去の経営者たちが静かに隣に座ってくれる。
そう感じる瞬間が、社史の最も深い価値なのです。
社史が教えてくれる「迷いの正体」
社史には、成功だけでなく、失敗や葛藤の記録も残ります。
そこにこそ、今の経営者が救われる要素があります。
たとえば――
- 景気後退で苦しみながらも社員を守った創業者の選択
- 売上が伸びず、方針転換を迫られた先代の苦悩
- 経営理念をめぐって幹部と衝突した時期の記録
こうしたエピソードを読むと、3代目は気づきます。
「自分だけが苦しんでいるわけではない」と。
過去の経営者たちも同じように悩み、迷い、立ち上がってきたのだと。
社史は、過去の“成功物語”ではなく、
“迷いを乗り越える物語”として読むべき本なのです。
「今の自分」も、未来の誰かを支える記録になる
もう一つ、社史を通じて得られる気づきがあります。
それは、今の3代目自身も、次の世代にとっての社史を残す存在であるということ。
創業者や先代のように、あなたの判断や言葉も、
いずれ誰かの指針や支えになります。
だからこそ、「自分の代の物語をどう残すか」を考えることは、
孤独な経営を「次の誰かにつなぐ仕事」へと変える行為でもあります。
「経営の孤独を受け止め、希望に変える作業」
それが、3代目が社史をつくる最大の意味です。
実例:社史を編む過程で変わった3代目の表情
ある地方企業では、創業70周年を前に社史を作成しました。
当初、3代目社長は「正直、社史なんて暇な会社がやるものだと思っていた」と語っていました。
しかし、インタビューを通じて、
祖父の創業メモ・父の手書き日誌・社員の体験談を読み込むうちに、
「この会社は、ずっと誰かの想いに守られてきたんだ」と実感。
完成後の社史を手にした社長は、こう語りました。
「自分が何を守るべきかがはっきりした。
会社に“血が通っている”ことを改めて感じたんです。」
その後、この企業では社史を基に理念共有研修をスタート。
社員も会社の成り立ちを知り、世代間のつながりが強くなりました。
社史は「経営者の心を守るツール」でもある
社史は、経営戦略書ではありません。
しかし、経営者が迷ったとき、
「原点に立ち返るための座標軸」として必ず役に立ちます。
とくに代替わりを迎える3代目にとって、
社史は「会社がどうやって生きてきたか」を知る羅針盤であり、
「これからどう生きるか」を考えるための対話相手でもあります。
社史は、過去を語るものではなく、
経営者の心を未来へつなぐ“静かなパートナー”なのです。
孤独なときこそ、過去と話をしよう
経営の重責を一人で抱える3代目にとって、
本当に必要なのは「相談相手」よりも「心の支え」かもしれません。
社史を紐解けば、そこには先代や社員たちの声が静かに息づいています。
それを読むことで、「この会社は自分一人のものではない」と気づく。
その瞬間、孤独は少しずつ、誇りへと変わっていくのです。
だからこそ、
社史とは、会社を守るための記録であると同時に、
経営者の心を守るための記録でもある。
3代目のあなたが抱える孤独を癒す言葉は、
きっと、あなたの会社の過去の中に眠っています。

