公開日 2025年10月06日
家族で経営を続けている会社には、独特の強さがあります。
「誰に言われずともやる」「お客様との約束を守る」「家族のように社員を大切にする」――。
こうした価値観は、創業者の生き方や人柄から自然に受け継がれてきました。
しかし、その伝え方の多くは「言い伝え」にとどまっています。
日々の会話や現場での判断の中で、「うちはこうやってきた」と共有される暗黙のルール。
それが長年、会社を支える力になってきたのです。
けれども今、家族経営の企業こそ、その「言い伝え」を「言語化」し、
次の世代へ体系的に残すタイミングを迎えています。
それができるのが、社史(しゃし)という形です。
「言い伝え経営」が抱える3つのリスク
1. 経営の意思決定が属人的になる
創業者のカリスマ性や経験に頼る経営は、創業期には有効です。
しかし、代替わりの際に「なぜこの判断をしたのか」が記録されていないと、
後継者はその意図を読み取れず、経営判断がぶれてしまいます。
「父はこう言っていた」「おじいさんならこうしたはず」
そんな曖昧な伝承のままでは、組織は判断軸を失います。
2. 社員が「家族でない人」になじめない
家族経営では、経営者一族の感覚や関係性が強く反映されます。
一方で、後から入社した社員にはその文化が理解しづらい。
「うちの会社のやり方」が感覚的にしか共有されていないと、
新しい人材が育ちにくくなります。
社史は、そうした“目に見えない文化”を見える形にするツールです。
共通の物語があれば、血縁ではなく理念でつながる組織をつくれます。
3. 創業者の言葉が世代を超えて薄れていく
家族経営の多くは、創業者の信念によって立ち上がりました。
しかし、創業から30年・50年と経つうちに、
「なぜこの事業を始めたのか」「どうやって困難を乗り越えたのか」が
語れる人は年々少なくなります。
「あの時、親父が何を考えていたのか分からない」
そう語る3代目経営者は少なくありません。
人の記憶に頼る限り、会社の物語は少しずつ失われていきます。
それを記録し、整理し、言葉として残す作業こそが社史なのです。
言語化がもたらす3つの変化
1. 「なんとなく」から「共有できる」文化へ
社史をつくる過程で、創業者・現経営者・社員が改めて
「うちの会社は何を大切にしてきたのか」を言葉にしていきます。
これにより、経営判断の基準が明確になり、
組織の行動が一本の軸でつながるようになります。
例:
「お客様第一」→「お客様の困りごとを先に見つける会社である」
「家族的な会社」→「社員の幸せを経営の目的にする会社である」
このように抽象的なスローガンを具体的な行動指針に変換できるのは、
社史という“鏡”があるからです。
2. 代替わりの対話がスムーズになる
社史作成では、必ず創業者・先代へのインタビューを行います。
これが**「言葉になっていなかった想いを引き出す時間」**になります。
たとえば――
「なぜその決断をしたのか」「あの時どんな苦労があったのか」を
社外のライターや制作チームが客観的に聴き取ることで、
親子間では話せなかった内容が自然と明らかになることもあります。
社史は、単なる記録ではなく代替わりを円滑にする“対話の場”にもなるのです。
3. 家族以外の社員が「共通言語」を持つ
家族経営において最も大切なのは、「家族でない社員」が
同じ方向を向いて働ける環境をつくることです。
社史という“共通の物語”があれば、
社員は「この会社の原点」を理解し、自分の役割を再確認できます。
特に採用や研修の場では、創業ストーリーが
理念浸透やモチベーション向上の教材になります。
【実例】家族経営から組織経営へと変わった中小企業
ある地方の建設会社では、創業者の引退を機に社史を作成しました。
家族経営の色が濃く、社員が「社長の家の会社」という感覚を拭えずにいました。
社史制作の過程で、創業当時の写真や資料、
先代のメモ帳から理念を再整理。
「お客様の命を預かる仕事」という一文が社員の心に刺さり、
その後、理念を基軸に行動基準を整備しました。
結果、社内の風土が変わり、
“家族の会社”から“みんなの会社”へと意識が変わっていきました。
社史は、経営の意志を家族の外に広げる橋になったのです。
家族の物語を、会社の未来へ
家族経営の強みは、信頼と絆にあります。
しかし、それを「感覚」で伝え続けるだけでは、
いずれ言葉が薄れ、文化が断絶してしまいます。
社史とは、その感覚を言葉に変え、形にする作業です。
創業者の想い、家族の決断、社員の努力――
その一つひとつを整理し、未来へ残すこと。
それが、次の世代が安心してバトンを受け取れる土台になります。
家族の経営から組織の経営へ。
その転換点に立つ今こそ、
「言い伝え」から「言語化」へ踏み出すタイミングです。

